もーとしだぁ.com 

40代を楽しく生きるために!

中原中也の詩「北の海」がさみしすぎる・・・

以前、中原中也の詩を真似て、こんなフレーズが浮かんできました。

 

そこにあるのは

あれはやさしさではないのです。

そこにあるのは、

あれは、エゴばかり

 

20代の頃、根っからのネガテイブ人間だった私は何に対しても否定的な見方しかできませんでした。

 

人のことなど信用できなかったから友だちなどつくらなかったし、人と交わることもめんどくさかったです。

 

何がめんどくさいかって、人と意見が異なった時に言い争うのがめんどくさい。

 

たいていの人は、自分の意見がどれだけ正当であるかを声を大にして言ってきます。

 

私はそういうのを聞くと「あー、そうですか」と言いたくなってしまう。そして「じゃーいいですよ」となります。言い争うのがめんどくさいですからね。

 

特に大学院生だった頃は、自分が一番エライと思っている人間が多くて、「もう、こんなところにいるのはイヤだ」と強く思っていました。

 

そんな時に、「そこにあるのは、あれは、エゴばかり」だと思ったのです。

 

 

☆☆☆

 

 

さて、「そこにあるのは・・・、(中略)エゴばかり」の元の詩はこちら。

 

北の海

 

海にゐるのは、

あれは人魚ではないのです。

海にゐるのは、

あれは、浪ばかり

 

曇った北海の空の下、

浪はところどころ歯をむいて、

空を呪つてゐるのです。

いつはてるともしれない呪。

 

海にゐるのは、

あれは人魚ではないのです。

海にゐるのは、

あれは、浪ばかり。

 

なんだかとても悲しくなってしまう詩です。そこには全く希望がありませんよね。

 

私の中で人魚といえば、リトルマーメイドに出てくるアリエルです。人間と恋に落ちて結ばれるアリエル。なんともロマンチックではありませんか!

 

でも、中原中也のイメージのなかの「北の海」には人魚などというロマンチックな生き物は存在していません。そこにいるのは浪(なみ)ばかりです。

 

「浪」と「娘」という字が似ているのは偶然でしょうか?よくわかりませんが、人魚のような「娘」はそこにいなくて、「浪」ばかりなんです。ロマンの欠片もないんですね。

 

 第一連で、中也はそんなロマンのないことを言っておきながら、第二連ではさらに暗くなるようなことばをたたみかけてきます。

浪はところどころ歯をむいて、
空を呪つてゐるのです。

 

浪は空を呪っているんだって。なんでそんなに呪っているんだろう???

 

「歯をむいて」とあるから、中也にはあの「浪」が牙のように見えたのかもしれませんね。

 

「空」と「浪」が対になっていて、「浪」は自分、「空」は憎い相手に重ねあわせているのかもしれません。よくわかりませんが、その呪いは陰鬱な感じがします。

 

そして、また第三連は第一連の繰り返しです。どこにも希望を見せずにこの詩は終わってしまいます。

 

はあ・・・。

 

きっと、時間とスペースが許せば、第一連と第二連の繰り返しを、寄せては返す「浪」のように永遠に続けたんでしょうね、中原中也は。

 

 

☆☆☆

 

 

とはいえ、私は中原中也の詩が好きなのです。こんなに暗い詩なのに、どこか共感できてしまう自分がいるということは、私はとても暗い人間なんでしょうか・・・汗

 

でも、人間って明るいところもあれば暗いところもあります。こういうダークな心情を見事に言語化してしまう中原中也って、やはり素晴らしい詩人です。

 

たぶん、ずっと中原中也という詩人のことが好きであり続けるにちがいありません。